私が秋山先生の版画に初めて出会ったのは、但馬屋さんという竹田にある老舗の和菓子店。和風で趣のある、お茶をいただけるようになっている片隅の空間でした。
但馬屋さんでは有名な京都の橋本珈琲店の豆を煎り、竹田の名水でじっくりと時間をかけた風味豊かな水出し珈琲をいただけます。
ニュースキャスターの筑紫哲也さんが2年おきくらいに講演で竹田にいらっしゃるそうですが、その際に必ず立ち寄られるくらいお気に入りだそうです。


ふと黒くぬられた板壁に目を移すと、丸―い目をしたあどけない表情のふくろうがこちらを見ていました。近づいてよく見てみると、墨で刷られた版画でした。

世の中のわずらわしさを吹き飛ばしてしまうかのようなひょうひょうとしたふくろうの目。 それにしても、墨ひとつで、こんなに奥深い表情が出せるものなのか、と深い感心を覚えました。


ふるっく ふうふう いつまで うたう


私は、但馬屋さんで味わい深い珈琲に舌鼓をうちながら、そのふくろうの絵についていろいろなお話を伺っているうちに、ますますその版画の魅力にとりつかれてしまいました。


ふくろうはふくろうで わたしはわたしで ねむれない

ふくろうないて ここが私の 生まれたところ

ここに落ち着き 草しげる


その版画家は、同じ竹田市出身の秋山巖先生とおっしゃる方で、棟方志功・坂本繁二郎に師事し、82歳になった今でも、現役で作品を創り続けられているとのこと。 また、いろいろな版画集を見せていただいたのですが、中でも特に水飲み俳人といわれた山頭火の句をもとに版画にした数ある作品が目に付きました。それらは「水」をコンセプトにしていて、私にとって、心打たれるものばかりだったのです。

壁にかかった版画たち・・・
どれも、描かれている絵と俳句がマッチしていて、その背景にあるいろいろなことを想像し、楽しませてくれます。


ふるさとの 水をのみ 水をあび

こころおちつけば 水の音

椿のおちる 水の流れる



翌日、東京に戻った私は、先生の情報を集めているうちに、先生の版画展がデパートで開かれていることを知りました。おりしも、その日が最終日だったのです。 気づいた瞬間には、もう、私は電車に乗って会場へ向かっていました。
版画展は想像したとおり、ひとつひとつが素晴らしいものでした。そしてそこで応対してくださった方は、先生の息子さんで、同じく動物をモチーフに活躍されている先生に巡り会うことができました。

そして、その翌週には、アキヤマ版画工房訪問・・

ご自宅と工房はひとつ道をはさんだ向かい側にありました。『父が今日帰ってきたばかりなんです。』と先生の三男である秋山豊英先生が2階にある先生の仕事場兼書斎に案内してくださいました。 壁は、書籍や版画が飾られており、床には道具、筆、墨、刃が畳一畳ほどのスペースのある板に並べられていました。部屋の隅には、風情のある日本酒と思われる一升瓶もおかれていて、その真中で、オーバーオールに身をつつみ、白いひげをたくわえた先生は、まさに、山頭火を地でいってらっしゃるようでした。 まさに今日、東北からの旅で戻ってきたばかりだということで、非常にラッキーでした。 普段は、旅に出ると、戻りはいつになるというこも伝えずに自由気ままに過ごして、それから我が家へ戻ってくるということでしょう。

『ようこそいらっしゃいました。』と、イスをすすめられ、自己紹介後、早速、郷土の竹田の話で盛り上がりました。
幼少時代には、竹田市が市ではなく、村であったこと。その頃よくお寺で遊んだ話、先生のお好きな酒の話、そして、国内のみならず、海外での展覧会の話。また、現在アメリカでも 展開されているビジネスの話等々。次から次へと話題はつきずに、時間は過ぎていきました。 特に水に関しては、先生も老子の言葉を引用し、『争いは道にそむき、かつ諸悪の根源である。 私たちは、「水」に和の心を知らされる。』と。
まさにその通り。幼少時代、心が穏やかでない時に、湧水のせせらぎの音を聞いているだけで、なんだか心中が洗われ、ピュアな気持ちになったものです。

その水は、先生が幼少だった頃から、さらには、山頭火が行雲流水の行乞の旅をして竹田にやってきた頃から、風景も、景色も変わらず、今も語りつがれて絶え間ないエネルギーを生み出しているのです。


こころおちつけば 水の音...


秋山 巖(あきやま いわお) 略歴
1921年 大分県竹田市に生まれる
1953年 太平洋美術学校卒 棟方志功・坂本繁二郎・布施悌次郎に師事
独学にて民族学・仏教学・俳詩・陶芸・彫刻・水墨画を学ぶ
1970年 日本板画院退会
1977年 棟方志功に傾倒した、板画家四人
(秋山 巖、日下里美、高橋 功、土屋正男)と『柵』を結成
1966年〜 CWAJ現代版画展に招待出品
版種/木版 約3000種、銅版 約700種、その他 150種
主なモチーフ/動物、民話、俳句
個展/国内250回以上、海外14回
著書・画集/ 『ふるっくの唄』『板画山頭火』『酒仙の句』
『ねこごころ』『拝啓・山頭火様』(以上 春陽堂書店)
木版画入門(永岡書店)
『化けものを観た』(大東出版社)
所蔵/ 大英博物館(英国・ロンドン)
ヴィクトリア国立博物館(オーストラリア・メルボルン)
イスラエル国立美術館(イスラエル・ハイファ)
ボン大学(ドイツ)
スコットランド国立美術館 他
現在/日本美術家連盟会員、無所属(美術団体)